笑い声
笑い声
彼女を睨みながらじりじりと後退する。
戦慄が暴走したかのように背中を駆け巡る。
「逃げても無駄だって、わかんないかな?」
彼女は小首を傾げながら自分を見つめている。
言われなくてもわかっている。
先程からずっと隙を伺っていた。そして彼女は隙だらけだった。
だが攻撃を仕掛ける、もしくは逃走する、という選択は取らなかった。
否、取れなかった。
彼女が隙だらけであっても、自分に出来ることは何一つない。
力の差が、あまりにも大き過ぎる。
どうすることも出来ずに彼女をただじっと見つめている。
……カッターを持つ手が、地を踏み締める足が、震えている……
と、
「……小川?」
突然彼女が、苦しそうに胸を掻き毟りだした。
理性はこの隙に逃げるべきだと訴えるが、感情は理性の意見を却下する。
彼女は激しく咳き込みながら地に膝をつく。
「深山君……来ちゃ駄目だよ」
こちらを見る眼が正気の光を宿していた。彼女を覆っていた闇は、今は失せている。
「小川っ!」
その光に、たまらず感情が従った。足が彼女のもとに赴く。
「小川っ!しっかりしろっ!」
彼女の体を抱え、青い顔に向かって必死に叫ぶ。
顔面は蒼白で、呼吸は荒い。肩が大きく上下し、苦しそうに息を吐き出している。額から脂汗が滲んでおり、ぽたりぽたりと公園の土に音をたてている。滝のように流れる汗は彼女が病気なのではと思わせるのに充分な量だ。
小川は弱々しく首を横に振り、
「駄目……このままだと……深山君を殺しちゃう……」
怯えるような声をあげ、頭を抱える。
「く、苦しい……助けて……深山君……」
「おが……」
声を最後までかけることは出来なかった。
彼女の瞳に、不吉なものが宿っている。瞬間、本能的に跳び退る。
「いけないなぁ、深山君。人の言う事は聞かなきゃ駄目だよ?」