サウザンド
サウザンド
先程まで苦しんでいた素振りは全くない。声も普段通りの甲高い声。そしてどす黒い霧のようなものは以前にもまして彼女を覆っている。
「少しお仕置きしなきゃいけないかな?」
刹那、彼女の姿が霞んだ。
「げぁぁぁぁっ!」
同時に、自分の口から発せられたとは思えない絶叫が洩れていた。
小川の小さな拳が腹にめり込んでいる。
どさっ、と音をたてて体が倒れる。
「ちゃんと加減はしたつもりだけど……やりすぎちゃったかな?」
小首を傾げながら、片手で軽々と緋影の体を持ち上げる。
「まあいっか。それじゃ殺しちゃおうかな」
拍子に、度の入ってない眼鏡が落ちた。
かしゃ、と無機質な音が公園に響く。
体が動かない。
その代わりに、何かが、叫ぶ。緋影の中にいる何かが。
壊せ。
目の前にいる敵を、眼に見えるどす黒い心を殺せ。
緋影の中の何かが叫ぶ。強烈な殺人衝動。
いや、違う。正確には殺人衝動ではない。自分は人を殺したいのではない。
壊したいのは……
押さえ切れない何かが叫びをあげる。
黒い瞳は文字通り血走っていた。
血走った赤い瞳を小川に向けて、ゆっくりと、ゆっくりと緋影でない緋影がカッターを握り締める。