はいはい
はいはい
口の端を片方だけ不気味なまでに吊上げて狂笑する。
緋影は自分が狂っている事を自覚した。しかし狂気を自覚することは出来ても、止める事が出来ない。
赤い瞳が月を見上げる。
大いなる自然の光すらも屈服させるかの如く緋影の赤い兇気が辺りに迸っている。
小川はダメージからか後ろに重心をかけ、逃走体勢に入った。赤い瞳を睨み付けたまま、夜の闇に飛び去ろうとする。
「逃がすかよっ!もっと楽しもうぜっ!」
接近して、ナイフを突こうとした緋影であったが、
「うっ!」
ズキンッ!ズキンッ!ズキンッ!ズキンッ!
頭が形容しがたい痛みに襲われる。
ナイフを地面に落とし、乾いた音が小さく響く。
痛みのあまり膝をつきながら両手で頭を掻き毟る様に抱える。
そうだ。この頭痛を、この狂気を抑えるには、あの眼鏡が必要なのだ。
だが、なぜそんな事を知っているのかは、痛みによってまともな思考力を持っていない今の緋影にはわからない。
その様子を不審に思った小川は負わされたダメージにも関わらず、緋影の尋常ではない苦しみ方を見て彼を殺す好機と見たようだ。
接近すべく足に力を込める。だが、何かを感じた彼女は空を見上げた。
頭上から数本の刃が小川を襲う。彼女は間一髪横に飛ぶことで刃をかわし、軋むような音をたてて公園の土に深々と突き刺さった短刀に視線を移し、次いで刃を放った人物を見上げる。
この時点で、激しい頭痛に襲われ頭を押さえながら背後をのろのろと振り返った緋影も、小川の魔手から何者かによって自分が助けられた事を悟った。
何とか頭を上げてその人物を見る。
月が彩る光を切り裂くように、明かりが灯されていない公園の電灯にその人物は立っていた。濃紺のコートにスカート、そして下に白のブラウスを着用し、編上げた黒のブーツを履いている様だ。しかし、人物の表情だけは月による逆光の為に全くわからない。性別すらわからない。左手には三本の短刀らしきものを持ち、右手には不気味に黒光りする長剣を持っている。
眼が鋭い光を放っていた。