ええ加減にせえ
ええ加減にせえ
小川は『第三の敵』の存在を認めると、今度こそ逃走体勢に入った。
重傷を負っているとは思えない凄まじいスピードで地を蹴る。
『第三の敵』は電灯から軽やかに飛び下り、彼女を追って行った。
そんな二人とは対称的に緋影はよろめきながら地面に落とした眼鏡をかける。
不思議な事に眼鏡は壊れるどころか、傷一つ付いていなかった。
眼鏡をかけ、腰を降ろす。どくん。どくん。どくん。どくん。
…………
心音も大分落ち着いてきた。先程までの狂気は嘘のように引いている。
眼に見えていた『罅』も『心の歪み』も、どす黒い『色』も、もう見えない。
しかし、彼の表情は例えようの無いほど暗い。
もし、この場に大竹剛がいたら、今の緋影の表情を見て、この言葉を連想するだろう。
『絶望』
この二文字を。
九年前、事件は起こった。
緋影の中に眠る『心眼』の能力。
その眼には見える。人の『心』としての色が。
その眼に見える『心の歪み』を破壊すれば、あらゆるものが存在自体を消される。
緋影の父親、誠一も『心眼』の力を持っていた。
故に彼はいつか、息子がこの呪われた能力と対峙しなければならない事を知っていた。
……この親子にとって不幸だった事は、『心眼』の能力の発現は著しく個人差がある、という事を父親である誠一が知らなかった事だ……